なんと!
中国語の普通話にはひとつだけ、読み方に二つのバージョンが存在する母音があります。
それが「üan」。これだけで音節になると「yuan」とつづります。
これについて、日本語の耳で聞くと「ユエン」と聞こえる発音と「ユアン」と聞こえる発音が両方ともネイティブ話者によって使われています。これは、どういうことなのでしょうか!?
目次
規則通りなら「ユアン」なんじゃないの?
発音講師としての公式解
両者の実例
もうひとつ両者の実例
規則通りなら「ユアン」なんじゃないの?
中国語の母音はたくさんあるように見えますが、グループ分けすると全体像がよく見えてきます。基本的に、単母音「a, o, e」で始まるものと、その前に「i, u, ü」がくっついているもの、という仕組みでバリエーションができています。
「an」の前に「u」がつくのですから、「uan」の発音は「ウアン」になります。 ※ u の唇の形をしっかり作っていれば「ウワン」と聞こえるのが正解。
「an」の前に「i」がつく場合、「ian」の発音は、「a」の前後にある母音がどちらも前寄りの音で、前寄りの「i」と「n」に挟まれた影響で「a」も前寄りになり「イエン」になります。
では!
「an」の前に「ü」がつく「üan」(yuan)はどうなるのでしょうか。
この場合、
(1)「an」の前に「ü」がつくから「ユアン」
(2)「ü」と「n」に挟まれた「a」が影響を受けるから「ユエン」
の二つのケースが考えられます。
そして、もうお気づきだと思いますが、中国語の普通話では、この両方が規範的発音として存在しているのです。さあどうしましょう!?
発音講師としての公式解
「ユアン」と「ユエン」、どちらがよい発音なのですか?
こう質問されたら、決まっている答えはこちら。
昔ながらの発音は「ユアン」のほうです。
しかし、近年では、多くのネイティブ話者が「ユエン」のほうで発音しています。
アナウンサーなどで古い格式ある教育を受けた人や、漢詩の朗読などでは「ユアン」で発音されることもありますが、一般の人が学校教育で教わるのは「ユエン」です。
これが模範解答で、わたしが中国語に出会った30年前から変わっていません。
両者の実例
ここで、ある単語を違う人がどう発音しているのか聞き比べてみましょう。
詩人海子の《面朝大海,春暖花开》という詩に「眷属 juànshǔ」(家族)という単語があります。これを、複数のプロの発音で聞いてみましょう。
ジュアンの例
フレーズは 2’09 から。(下の動画はすでに頭出し済みです)
ジュエンの例(1)
フレーズは 2’18 から。(下の動画はすでに頭出し済みです)
ジュエンの例(2)
フレーズは 1’17 から。(下の動画はすでに頭出し済みです)
「ジュアン」と「ジュエン」、どちらも使われていることがわかりますね。
いろいろ探してみたところ、「ジュエン」と発音する人の動画の方が数は多いようでした。
もうひとつ両者の実例
同じく《面朝大海,春暖花开》に「愿 yuàn」(願う)という単語があります。これを、複数のプロの発音で聞いてみましょう。
こちらは、一つの詩を複数のアナウンサーが読み合わせる形式の作品。
一つの作品の中で「ユアン」と「ユエン」のどちらも聞けるという珍しい例です。
ユエンの例×4例
フレーズは 0’50 から。
女性、男性、女性が「愿你」、そして男性が「我只愿」と発音しています。(下の動画はすでに頭出し済みです)
ユアンの例(1)
それに対して、女性アナウンサーが「ユアン」で発音しています。
フレーズは 1’09 から。(下の動画はすでに頭出し済みです)
ユアンの例(2)
こちらは男性アナウンサーによる「ユアン」の発音。
フレーズは 1’25 から。(下の動画はすでに頭出し済みです)
ね、他の人と同じ詩を読んでいても、自分の使っているバリエーションを変えずに発音していますよね。
つまり、ネイティブ話者にとって、「ユアン」か「ユエン」か、どちらの発音を使ったとしても「ああ、いまのは yuan だな」と認知されているということが言えるかと思います。
まとめ
「an」の前に「ü」がつく「üan」(yuan)の発音は、
(1)「an」の前に「ü」がつくから「ユアン」
(2)「ü」と「n」に挟まれた「a」が影響を受けるから「ユエン」
の二つのバージョンが実在する。
どちらも正しく規範的な音だとされている。
一般人はだいたい「ユエン」で発音し、言葉のプロは場合によって古くからの発音「ユアン」を使う。
ちなみに「ジュアンの例」の朗読者さんは、「眷属 juànshǔ」は「ユアン」の発音で、「愿 yuàn」のほうは「ユエン」の発音で朗読しています。子音がついた方は「アン」で発音しやすいという人もいるのかもしれません。
今回はこの記事を書くために《面朝大海,春暖花开》をたくさん聴きました。たのしいひとときでした。
この詩は、最初に出会ったのが李宇春さんによる武漢へのメッセージとしての朗読だったので、喜びいっぱいの心情を歌い上げるというよりも、心に傷を負った人がそれでも歯を食いしばって生きていくんだ、という解釈で読んでくれる方が好きかな。個人的感想ですが。
ちなみに
今回の記事の内容は、「発音のゆれ」や「発音の許容範囲」の話題ではありません。
発音の揺れや許容範囲とは、例えば sheng という音節がネイティブ話者の発音では、「シェン」と聞こえる発音から「ション」と聞こえる発音まで幅広いバリエーションを持っている、ということです。
が、今回取り上げた üan(yuan)に関しては、「ユアン」から「ユエン」まで許容範囲が広い、ということではなく、(1) ユアン (2)ユエン という二種類の規範的読音が両者併存している、ということでした。