語学のレッスンでは「大きな声で練習しましょう」という指導が常道なので、こんな記事を書いたこともありました。
ところが!
中級者・上級者になってくると、「こんとは小さな声で発音してみましょう」っていう指示が出ることもあるんです。
いったいそれは、どんな時なのでしょうか?
有気音を激しさに頼っている時
「有気音は、口の前にたらしたティッシュが揺れるよう、強く激しく息を出します」という説明を見ることがよくあると思います。
これは一面では正しいのですが、求める発音の全てを表している指示ではありません。
有気音のキモは、「母音よりも前に空気の音だけが聞こえる時間がある」ということです。
ところが、「激しく息を出しましょう」という指示で学んで身につけた方は、激しく息を出すことはできますが、優しい声で有気音を発音することができなくなっています。
ネイティブ話者でも、内緒話をすることはあるし、静かな環境であたりをはばかって話をすることもあります。
そんな時の有気音の出し方は、「激しく」ではなく、やはり母音とのタイミングで練習することが正道です。
「声を出さずに息だけを出しましょう」
「次に小さな声で母音を出しましょう」
こんなとき、「小さな声で」という中国語学習には珍しい指示をすることになります。
この時のねらいは、声の大きさ・激しさに頼ることなく、タイミングだけで有気音の操作を行えるようにすることです。
緩急抑揚がつかない時
小学1年生の国語の音読を聞いたことがありますか?
特に1年生の1学期だと、とにかく大きな声で元気よく音読することで褒められるようです。
ストーリーの内容に合わせて気持ちを込めたり、「、」「。」に気をつけて間を取ったりすることは、せいぜい2学期以降の要求のようです。
そういうわけで、小学1年生の1学期の音読は、大声で元気なんですが、一本調子です。
これはおそらく、五十音の字を覚えるという教科内容もあり、五十音の発音の時には口を大きく動かす、という指導目標もあるからです。
わたしたちが大人になってから中国語を学ぶ時にも、小学1年生が求められるような音読をする時期があります。
はじめは、ピンインの読み方を覚えるために、そして発音とつづりをペアリングするために、口を大きく動かし大きな声で音読をします。
その時期の学習目標には、そのやり方が効果的だからです。
しかし、この音読方法だと、意味内容の表現があまりできません。
ある程度以上の長さをもつ文になれば、一文の中で、または段落のなかで目立たせたい要素があり、逆に目立たせなくてもよい要素はさらっと流されているような発音になります。
この時に、大きな声で、音節ごとの発音に最大限の注意を向けているような音読をしていると、なかなかナチュラルな緩急抑揚が表現できません。
ですので、大きな声があだになっているなと思うときは、まずゆっくり読む。そして緩急抑揚の「急」と「抑」、すなわち一般的には「さらっとあっさり読まれる箇所を、小さめの声で読むように、とアドバイスすることがあります。
この時のねらいは、声を大きくすることに振り向けられているエネルギーを、発音のコントロールを素早く行う操作のほうに振り向けることです。
まとめ
声を小さくすることで、目指す発音をクリアにすることにつなげられるケースがあること、伝わったかと思います。
ネイティブ話者もいつも大きな声で話しているわけではありません。目的もなく「やみくもに」大きな声を出すことは、それによってなにか阻害されてしまう要素がある場合には、あまりお勧めできるものではないのです。大きな声で発音練習することのメリットをかき消してしまってはもったいないですね。大きな声も、小さな声も、どちらでも相手に聞き取りやすい発音ができればなおよしです。
おまけ
わたしが憧れる話し方は、ラジオ深夜便のような静かなトーク番組。昼間のラジオは中国語でも元気いっぱいの話し方の番組が多いですが、深夜になると、しっとり落ち着いたトークが聴ける番組があります。
激しくないのにちゃんと中国語らしい、そういう発音を目指したいなあ、というのが、わたしの個人的な目標なんです。