わたしはファンタジー小説を好んで読みます。
ファンタジーという語のイメージはふわふわしているかもしれませんが、ファンタジーという分野の傑作は、しっかりとした世界観としっかりとした人間観があってこそ生み出されるもので、歴史大河小説を読んでいるような趣のものもあるんですよ。
このたび出会った作品が、わたしの読書歴の中でも化け物のような異質の輝きを放っているので、ご紹介したくなりました。
単行本上下巻2013年刊
文庫本全4巻2016年刊
ちょうど下の子が生まれた頃に出版されたらしくノーチェックでした。
読み始めてみると、伝統産業、言語学、商工業、政争、物理学、地政学、農学、土木、古典文学などいろいろな分野の知識が怒涛のように流れ込んできます。
それでいて一つ一つのパーツがきちんと意味を持ってストーリーの中に配置され、知識の海の中を気持ちよく読み進めていくことができます。
登場人物が話す言葉には日常ではお目にかからないような語彙が多く、そればかりか地の文さえも同様に硬質なのですが、やがて慣れてくるとこちらも感化されて、自分ちの子供に対してやたら古風な言い回しで受け答えしてしまったりしました。
ネタバレをしないようにあらすじを紹介する筆力もないので、全編を通して「言葉」が重要な意味を持っているところに惹かれた、とだけ言っておきたいと思います。
言葉というものは文字なのか。いや、そうではない。
では言葉は音なのか。いや、そうではない。
ではなんなのか。それが登場人物の思惟として身体感覚として幾度も語られます。
地域が異なれば言葉も異なる。
言葉が通じないとき、どのように心が通じるか。
第二の言語はどのように習得されていくか。
そして言葉は失われない。
この作品の異質なところは、舞台装置がまるでファンタジーの王道をいっているのに、超常現象が存在しないことです。
語られる世界はわたしたちのすむこの世界と地続きで、歴史の一部、文字の一部すら共有しています。
人間にできることしか描かないという制約の中で、実にわくわくする物語が繰り広げられていたことに気づき、読後は感嘆のひとことでした。
ファンタジー好きでこの作品を未読の方には、ぜひご一読をお勧めします。
そして、なんらかの外国語を学んでいる方、使っている方には、特にお勧めします。
言葉に携わっていることを、これまで以上に愉しく感じられることと思います。