1. 翻訳修行の森を行く

翻訳修行、道遠し

セミナーに出たりなにかを受講したりするときは、自分のノートにその日のまとめを書くようにしています。

……のだけれど、門外漢の分野だとさすがにつらい。
さいきん文芸翻訳を勉強しようと越前敏弥先生の講座に出たのだけれど、もうホントに自分が箸にも棒にもかからない感じで勝手にノックアウトされてます。

英語だから読めないっていうわけではなくて、翻訳に対する考え方が身についてなくて悲しい。
翻訳にかんする理論や技術の本はわりと読んできているし、翻訳者育成団体でもそれなりに主張をもって翻訳チェックしたりしてるんだけど……。

「この翻訳の問題点を挙げなさい」という例題に取り組むと、自分が考えたあれやこれやが8割がた的外れで、時には「翻訳ではしないほうがいい余計な考え方」もしてしまう。
越前先生の本だって3冊読んでから聴講したのに、読んで知っていたはずの心構えが応用できない。
自分がいままでしてきた翻訳は、多少の自信のみに支えられた小手先のまやかし? 姿勢も覚悟もできてない……、なんて落ち込みそう。

で、「自分はまだ分かってない」と思っているんだけれど、それでもノートに書いてアウトプットはしておく。
ひょっとしたら的外れなことを書き留めているかもしれない。越前先生の真意は違うかもしれない。ご著書に書いてあることと違うかもしれない……。
でも、いま感じたこと、無知の知みたいなことを書き留めておきさえすれば、いま得られるだけの新しいなにかが自分の身になるはず。
後から読み返して「あっはっは、分かってないねー」と思ったとしたら、それはそれで御の字。
いつか来るその未来には、「分かってる」はずだものね。

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