1. 中国語の発音の世界

発音とプロソディと音楽と

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中国語を「歌みたいだ」と言う人もいます。
声調はメロディーと呼ばれることもあります。

が、それとはちょっと違うお話です。

「先生、私、通訳と楽器って似てると思ってたんですが、発音の練習をしてみて、ますますそう思うようになりました」

通訳養成学校に通学中で、すでに通訳業務もなさっているRさん。
Rさんは管楽器の演奏がご趣味で、楽器演奏と発音練習に共通点を見つけてくれました。

「たとえばどんなところが?」
「口の形が大切だったり、録音して初めてわかることとか、音程とか、フレージングが決まらなかったり。あと、やっぱりスタートが早いほうが楽だったり。結局は息でコントロールすることですし」

ご自分の好きな音楽と似ているとことがあるな、と思うと練習も楽しめる、とRさんはおっしゃっています。

たしかにその通り!
わたしもピアノを習い始めて数年ですが、とっても共感しました。
発音練習と楽器の練習が似ているな、とわたしが思うのはこんなところです。

1.練習すればするほど上手になる

規範的な発音ができるようになったのに、また忘れてしまうことがあります。
それまでの発音が体に残っていて、すぐに元に戻ってしまうということもあります。

発音というのは身体的な運動です。
なので、繰り返せば繰り返すほど、その動作が身体に染み込みます。

発音練習とは、「出そうとしている理想の音」と「実際に出てくる音」を対応させる練習です。
発音練習で鍛える動作は、移動量・速度・タイミングです。

理想の音に対応する一連の動作を脳が覚えるまで練習すれば、考えなくても理想の音が出せるようになる。
音を出すために考えるというステップが省略できれば、全体の表現を考えることに能力を使うことができる。

たしかに楽器も発音も同じですね。

2.録音してはじめて分かることがある

いまの練習はわりと上手にできたぞ、と自分が思っていても、そのを録音を聞いてみると、「あら、こんなミスが」「あー、ここはもっと○○にした方がいいな」「えー、思ったほど上手じゃなかった」なんて思うことがあります。

ここでも楽器と発音はまったく同じです。

たくさん練習を繰り返して、練習量がつみあがっていったところで、修正点に気付かないままだと、理想的「ではない」動作を反復して脳に覚えさせてしまうことになります。

発音しながら聞いている音、楽器を演奏しながら聞いている音は、自分の出した音のすべてではないようです。
ひょっとすると、頭の中では「理想の音」が鳴っているのかもしれません。

聞き手に聞こえる音がどうか、ということを確かめるには、録音して確認するに勝る方法はありません。

3.1フレーズ単位で抑揚がある

これは語学で言えば、一つ一つの音節ではなく、1フレーズごとのまとまりの話です。

音楽と朗読の二つの分野で、ともによく使われる用語に
「フレージング」「アーティキュレーション」
があります。
それぞれの分野で、どのような意味合いで使われるかは、ご興味があればお調べいただいたら面白いと思いますが、簡単に言うと、

・音符や文字で書いてある通り「ではなく」、音をつなげたり強弱をつけたりすることで区切りをつけるテクニック

です。
音楽ではそれによって演奏が生き生きします。
言語ではそれによって発話の意図が際立ちます。

アーティキュレーションは、言語学で韻律とかプロソディと呼ばれるものと同じです。
どの言語にも、こうであれば○○語らしく聞こえる、という特有のリズムや抑揚があります。それがプロソディ。
発音が多少悪くても、プロソディが自然であれば話が通じることもよくあります。

音楽では、上昇するメロディはだんだん強くしたり、下降するメロディはだんだん弱くしたりすることがあります。
また、一区切りとみなすメロディの最初を強くして最後を弱くしたりすることもあります。いずれも演奏者の解釈によって強弱をつけ、まとまりのメロディを際立たせる奏法で、フレージングと呼ばれます。
フレーズの終わりは「おさめる感じ」で終わらせると、据わりがいい印象になります。

言語学ではフレージングもプロソディの範疇に含まれます。
中国語は意味の区切れ目と息の区切れ目が同じになることが多く、意味の区切れ目で話者が息継ぎをしたり、息継ぎとまではいかなくても小さなポーズ(停頓)が入ったりします。

1フレーズには意味上の中心となる核があり、話者はそこを目立たせるように話します。そして、フレーズの終わりには、落ち着いて「おさめる感じ」になります。

まじめな学習者さんには、きちんとピンインどおりに読もう、という意識が強くて、機械の自動再生音声のような、あるいは儀仗兵の行進のような読み方になっている、というケースはわりと多いものです。
こんな抑揚を意識してみると、次第に自分の話し方もコントロールできるようになり、意思を表情豊かに伝えられますし、相手の話の表情も聞き取れるようになります。

そんなことで、最近つくづく、楽器の練習と発音の練習が似ている、音楽と発話・朗読も似ている、という気持ちを新たにしています。
歌はどうなのかしら。わたしは歌をきちんと習ったことがないのですが、やっぱり同じなのでしょうかね。


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