日本人発音講師による中国語発音矯正専門教室

 

 

りんず中国語ラボのレッスンは「中上級者のための日本人講師による中国語発音矯正レッスン」です。安定した発音が定着し、身につけた発音が退行しないトレーニング方法をお伝えします。中国語の発音を矯正したい方、キレイな発音に憧れている方はりんず中国語ラボへ。

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「女よりも女らしい」ニューハーフの発音はやっぱり気流音が多めだった思い出

発音矯正専門日本人講師井田綾のブログ

「有気音を基準にキャラによる発音・発声の違いを観察してみた」という記事で、中国語では「女性性の強い女性」の表現をすると気流音が多い発音になる、ということをご紹介しました。

それに関連して、これぞジェンダー表現、という例を思い出しましたので、今回は北京でみたニューハーフのショーの記憶をたどってみます。

ライブハウスめぐり

20代のわたしはロック少女だったので、北京留学中も地元のロックバンドの活動を気にしていました。1999年から2001年にかけてのこと。香港が返還され、ミレニアムのお祭りをし、これから北京に五輪が来る、という時代です。
留学生のメーリングリストや地元の情報誌、仲間のクチコミなどを情報源に、市内のあちこちのライブハウスに顔を出しました。
地元の若者が多い店もあれば、留学生の方が多い店もありました。

世界のいろんな都市にあるHard Rock Cafeは、食べ物が高いしバンドの演奏もオリジナリティがないので、地元のバンドが出ている店にばかり行くようになりました。
当時日本でも知られていた崔健(Cuījiàn)と一緒に写真を撮ったのもいい思い出なのですが、帰りのタクシーにそのカメラを置き忘れ、同行した女の子からはずいぶん恨まれました。日本でCDが買えた黒豹というバンドはもう大御所になっていて、ライブハウスでの出演の話はあまり聞きませんでした。

行った日の情景は覚えているのに店の名前は忘れてしまいましたが、一つだけ覚えているのは、“忙蜂”。英語名は busy bee といったかな、たぶん。これは衛慧(weihui)による小説《上海宝貝》(邦訳は『上海ベイビー』)に出てきたから覚えています。上海で刹那的な生活を送っている主人公が、なんかの用事で北京に来た時に遊びに行った店が “忙蜂” だったので、夜遊びが好きな人の間では、北京といえば “忙蜂” というくらいには知られていたのでしょう。

一般人にとってのロック

19時ごろに店に行くと、だいたい一晩に4つか5つのバンドが出て、それぞれのバンドが5〜6曲演奏すれば23時をまわり、地下鉄+タクシーか(当時は北京大学の最寄りの地下鉄駅がなんと西直門駅でした)、都心から直接タクシーかで大学の寮に戻ると深夜1時ごろ。中国人学生の門限は厳しかったと聞きますが、外国人留学生は好きなことをやらせてもらってました。

どこかのライブハウスに行くとだいたいは顔を合わせるという日本人の若者もいました。彼は多くのバンドと顔が通じていて、演奏中は頭をぶんぶん振って曲の間中びょんびょんジャンプして楽しんでいます。
ところが実はその間も、胸に取り付けた高音質DADレコーダーで演奏を録音していて、その音源を日本のレコード会社に持っていって売り込む、という活動をしていたようです。それはどうもうまくいかなかったみたいですが、中国語が超絶上級で哲学的思考も冴え渡る青年でしたので、のちに日本の三大紙の一つに取り上げられるほど「知る人ぞ知る」存在となりました。いまはおそらく北京で子育てをしながら翻訳や大学講師などをしているはずです。

北京大学の中国人学生にそういう趣味のことを話すと、
まず「ロックは聞いたことがない」。
それに「ロックをやっている人や、それを好きな人って、怖い感じがする」。
そして「そんなところに行って危なくないのか?」
と心配してくれました。

大学の門限を守らない勢いで出かけていくわけですし、行った先ではタバコと酒とヘッドバンギングの世界ですから、まあ不良文化ですよね。
(昨今の不良文化締め付けで、今はどうなっているんでしょうか)

危なくないのか、という意味では、まあ夜ですし、危ないと言えば危ないのでいろいろ気をつけなければいけませんが。

ニューハーフのショー

インディーズのロックばかりかかるライブハウスとはちがって、ややポップなラインナップの催しをする店がありました。たしか「人体(人民体育館)」の近くにあった店だと思います。
崔健のステージがあって一緒に写真を撮ったその同じ日、そこで突然、えらく単調なダンスが始まりました。

スパンコールがいっぱいついたイブニングドレスの女性が5人ほど、ふっさふさの毛のついた扇をもって、けだるげに踊り始めたんです。

そうすると、周囲の観客が口々に “人妖,人妖” と言い始めました。“人妖” とはその当時ニューハーフのことを表す中国語でした。男性として生まれた人が女性として生きることを選んだとして、中国社会では今の日本に比べたらずっとずっと生きにくかったはず。しかたなく水商売を生業にする人たちがいる、という事情を耳にしました。

その人たちはきれいでした。正直言って、最初わたしはこの人たちのことを女性だと思っていましたね。けれど、どうにもダンスは単調で退屈でした。
その退屈なダンスが終わると、リーダー格の一人がトークショーを始めました。

とんでもなく長いまつ毛に、輪郭を厚く描いた唇。色っぽさ満載です。
「こんばんは。わたしの名は露露(ルールー)。今夜は皆さんと一緒にこのひとときを楽しむために来ました」
その声はハスキーで、八代亜紀さんのよう。話し方は、急がず、穏やかで、やさしく、相手を自分のペースに引き込むような話し方でした。

そして、わたしがずっとその人の声を覚えている特徴的な点、それが、呼気の多さです。有気音といわず摩擦音といわず、もう、全ての音節に気流音が乗っているイメージです。
“你好,我是露露。”
この短いフレーズでさえ、“好” と “是” は子音が摩擦音なので気流音が聞こえるのは当然として、“你”、それに “好” の「ao」の部分にもたっぷりと気流音が乗っています。母音しかない “我”、摩擦音の要素のない “露露(Lùlù)” も、うっとりするような呼気が混じっています。

このルールーさんに指名されて、観客の一人がステージに上がります。20歳そこそこの地元のロックファンで、丸刈りに近いヘアスタイルの男の子です。

ルールーさん:「お名前は? どちらからいらっしゃったの?」

その問いかけがまた、呼気たっぷりで、そしてゆっくりとしたペースなので、男の子の方も勢いが合わず、ついついルールーさんのペースに飲み込まれてしまいます。

男の子:「名前は○○です。○○に住んでいます」

するとルールーさん、男の子の着ている簡易軍服みたいな服の刺繍に目を止めて、

「啊,五星红旗(Wǔ xing hóng qí)!」

と吐息たっぷりでおっしゃいました。(五星红旗とは、中国の国旗のことね)
ひょっとして男の子のほうがルールーさんをからかってやろうと思っていたかもしれなくても、すっかりルールーさんのペースです。
五星红旗を褒められてしまっては、愛国者としての振る舞いをしなくてはなりません(というわけじゃないけれど、人はそういう気持ちになる)。

男の子はそれからいくつかの質問に答えてその場を乗り切り、笑顔で仲間の元に戻って行きました。
ルールーさんは、その特徴的な話し方で相手のペースを奪いつつも、初めて会う人を気分よくしてあげる話術に長けていたのでしょう。タレントとしてうまくやっているようでした。

そしてショーは再び5人のダンスとなり、やっぱり単調なダンスではあるけれども、こんどは大きな扇子が出てきたりして、少しは変わりばえがしました。

珍しいものをみたなあ、来てよかったなあ、おもしろかったなあ、と思って帰途に着いたところ、頭がとっちらかっていたんでしょうね、崔健とのツーショットの入ったカメラを置き忘れてしまった、というわけです。

ルールーさんのジェンダー表現

さて、ルールーさんは生物学的にはもと男性(か、ひょっとするとその時も男性)なので、女性としてニューハーフを演じるには、女性性を強調する必要があるわけです。

そのための、ドレス選び、ヘアスタイル、メイク仕上げ、歩き方、きっと爪の先まで神経をくばって、「女より女らしい振る舞い」を目指していたはずです。
最近のニューハーフは「女より女らしい」を目指さなくなったとも聞きますが、すくなくとも2000年ごろの中国ではそうでした。

そのルールーさんが選んだ話し方が、ハスキーな声を生かしたゆっくりなテンポ、そして呼気多めの発音です。
冒頭に紹介した詩の朗読聞き比べの記事で、「女性性の強い女性」の朗読には気流音が多い、と指摘したわけですが、それで思い出したルールーさんの話し方。
ルールーさんこそ、ジェンダー表現のために選んだ話し方がこれ、と教えてくれる存在だと思うんですよね。

かつてのロック少女が、20年経って発音講師になったところで、こんなふうにルールーさんの思い出を昇華することができました。


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