『翻訳通信』第60号 2007年5月号
「翻訳についての断章 翻訳家の時代」(山岡洋一)より
「 翻訳が必要なのは、最先端の研究から一歩か二歩、距離をおいた著作だ。専門家が書いたとしても、他分野の専門家や一般読者を対象に書かれた著作が翻訳の対象になる。また、専門分野の知識を一般読者に紹介するために、ジャーナリストやライターが書いた著作が翻訳の対象になる。こうした著作を翻訳するにあたっては、(中略)外国語から母語への翻訳にくわえて、専門家の言葉から普通の言葉への翻訳が必要になる。そのためには、翻訳家は常識人でなければならない。」
「専門家にすりよるのではなく、一般の読者が(つまり自分が)理解できないことは理解できないと認める。そして、理解できない点を理解できるようになるまで調べ考え、その結果を読者に伝わる言葉で表現する。これが翻訳家の役割だ。」
「 翻訳家がいま取り組むべき仕事は、新しい著作の翻訳だけではない。過去に学者や研究者が翻訳したもののなかで、いまの時代に読む意味が十分にあるのに、翻訳のスタイルが古くなっているために事実上読めなくなっている名著はたくさんある。こうした名著の新訳も、翻訳家にとって重要な仕事である。研究者が翻訳を行わなくなったいま、この仕事を行えるのは翻訳家だけである。」