受講生:先生! “很大” の “大” なんですけど、日本語の「だ」みたいになって、中国語っぽくならないんですよー(泣)
りんず:これは高度な問題に気付いてしまいましたね。矯正しなくてもいいんですけど、やっぱり矯正、しときますか?
d を だ で発音したらよくないの?
中国語の t と d の区別は、日本語の た と だ の区別とは違います。
ここには「有気音と無気音」の違い、そして「無声音と有声音」の違いが隠れていまして、それぞれどこが違ったら「違う」と認識するかという中国語と日本語のシステムの違いが根底にあります。
でも、多くの日本人学習者は、中国語の t と d を日本語の た と だ の違いと同じように発音して、それで話を通じさせています。
それはそれでいいと思うんです。
中国語の d を日本語の濁音の だ で発音したとしても、意味の違いが生じるわけでもなく、聞き間違えられることもありません。
「なんかちょっと中国人の発音とは違うな」と相手は感じるかもしれませんが、話は通じるので、わたしの発音矯正レッスンでもかなり優先度を低く設定しています。上級者が最後の最後のほうで取り組む課題になっています。
ようするに、必要性が低いけれども、「美しい発音になりたい」「言葉を仕事にしたい」という上級者は「この発音、直したいです!」と思っている発音。それがこの問題、無気音の濁音化です。
無気音の濁音化とはどんな現象か
中国語の子音のうち、破裂音と破擦音には無気音と有気音のペアがあります。
有気音というのは、母音よりも前に空気が狭いところを通って摩擦を起こし、気流の音が聞こえる音です。
なので、発音が苦手な人がいても、気流の音を聞かせる時間を長くすることで、わりと矯正が簡単にできる子音です。
ところでその有気音と無気音は、清音か濁音かでいうと、どちらも清音の範囲の中での区別です。
中国語の多くの子音には濁音(つまり有声音)はなく、清音(つまり無声音)のなかで発音の方法を変えることで区別されています。
ところが日本語の多くの子音は、清音と濁音のペアを持っています。か と が とか、た と だ などです。
清音に聞こえる範囲と、濁音に聞こえる範囲の境い目を可視化したとすると、中国語の有気音と無気音、つまり k も g も、t も d も、みんな境目の向こう側、清音の範囲内にあるわけです。
そうすると、t と d を区別して発音しようとするとき、日本語ネイティブは自分の耳で習慣的に区別がつけやすい清音と濁音の違いを使って発音しようとしてしまいます。
上の図を見比べてみてください。濁音で d を発音しようとしたら、それは、中国語の通常の無気音の範囲を外れて、中国語ネイティブが使わない範囲の音を使って発音しようとしていることになるわけです。
これが、無気音の濁音化です。
無気音の濁音化が起こりやすい状況とは
2番目以降の音節のとき
日本語の特徴のひとつに、単語の初めにある破裂音・破擦音はやや強く、有気音に近く発音されるということがあります。
逆に単語の途中にある破裂音・破擦音はやや弱く、無気音で発音されるという特徴もあります。
例えば「叩く」の「たた」、「戦う」の「たた」は、一つ目が有気音に近く、二つ目が無気音だというのです。
「トマト」と日本人が発音するのを聞けば、中国語圏の人は「とまど」と聞き取って「とまど」と発音するという現象があります。
そういうわけで、日本語話者が無気音を発音するとき、語頭の出だしよりも単語の途中の二音節目以降のほうをやや柔らかく発音したくなるという習性が出る可能性があります。
前が母音か鼻音で終わっているとき
濁音、つまり有声音というのは、子音の発音をしている間にも声帯が震えて声が出ている発音のことを言います。
中国語では m と n、l と r が有声音です。どれも、唇が閉じていたり舌が上アゴに接触・接近していたりしているときに声が出るタイプの音です。
ようするに、子音の最中に声が出れば有声音、声が出ていなければ無声音です。わたしたちが「タダより高いものはない」の「タダ」の「ダ」を発音するとき、子音の d を発音している間にも声帯が震えているんです。のどを触って発音するとよくわかりますね。
そういうわけで、無気音の子音の直前に、声帯が震える母音がある場合には、その母音が後を引いて無気音の子音の発音の最中にも鳴ってしまうと、その子音は有声音になりがちです。
または母音ではなく韻尾子音と呼ばれる -n, -ng であっても、鼻音というハミングのような音が最後まで残りますから、同様に無気音の子音の発音に影響を与えてしまうことがあります。
中国語には基本的にリエゾン(連音)がありませんので、一音節の発音は一音節で完結させる必要があるのです。
1番目の音節でも濁音になっている場合は……
日本語話者の習慣として、「タダ」の「タ」、「トマト」の1番目の「ト」は破裂を強めに、有気音に近く発音することが多いので、単語の1文字目、語頭の無気音はあまり濁音化しないはずです。
それなのに語頭の無気音が「ンだァー」と濁音化している場合は、ピンインのローマ字表記に引きずられているのかもしれません。
「 d と書いてあるのに た と発音するのが気持ち悪いです」
「 j と書いてあるのに ち と発音するのが気持ち悪いです」
「 z と書いてあるのに つ と発音するのが 以下同文」
その気持ちはよくわかりますが、それが気持ち悪いのは、脳がピンインを日本語ローマ字の読み方で読みたがっているからです。
中国語のピンイン表記は、中国語の漢字の読み方をどうにかして文字にしようとして開発されたシステムです。英語の読み方とも日本語ローマ字の読み方ともなんの関係もありません。
d と書いてあったら清音の無気音。中国語のシステムを、脳によくよく覚えさせてあげましょう。
無気音を清音で発音する方法は
舌の移動を素早くする
子音と母音を混ぜないことがキモになります。
ですから、子音の発音が終わったら子音のかまえを素早く解除して素早く母音の位置に移動すること。
つまり、da なら舌先を上の前歯の裏から歯茎にかけてぺったりとくっつけてから離します。
離れる前には、母音の a の声が出ないようにします。そして、素早く a のポジションを作ったらやっと、声を出して母音の発音をします。
閉鎖のために力を込める
子音と母音を混ぜないようにするために、無音の状態を作ることもポイントです。
da なら、舌先を上の前歯の裏から歯茎にかけてぺったりとくっつけますが、そのことを声道を閉鎖すると言います。どの子音も、必ずどこかで声道を閉鎖して作ります。肺から出てきた息の通り道をふさいで通せんぼをするわけです。
この閉鎖を、なんとなく行うのではなく、力をこめてしっかりと通せんぼをします。
すると、そのときに母音が生まれる余地がなく、きれいな無音の状態が生まれます。
これによって、子音が濁音化することを防止できます。
鼻音と母音を一瞬切る
前の音節で出ていた声の影響も断ち切る必要があります。
“很大” なら hen の最後の鼻音が出たまま、“太大” なら tai の最後の i が出たまま d の発音に入ると、「子音の間にも声が出る有声音」になってしまいがちです。
“很大” なら hen の最後の鼻音をちゃんと切ってから、“太大” なら tai の最後の i をちゃんと切ってから発音する。
つまり直前の声をちゃんと止める必要があります。声を生んでいるのは声帯ですから、瞬間的に声門閉鎖をおこなうわけです。
まとめ
t と d を た と だ で発音しわけても、話は通じます。
でももし、変えたいな、と思ったら、いつからでも変えることはできます。
清音(無声音)のはずの無気音が、濁音(有声音)になってしまうのには、「母音が出てくるのが早い」または「直前の母音が不要に残っている」という状況があります。
母音の出てくるタイミング、そして母音を終えるタイミングを調整することで、無気音がちゃんと無気音に聞こえるようになります。
いずれにしても、ピンインの見た目のローマ字表記にだまされることなく、お手本音声を聞いて模倣するということに集中してみましょう。
また、有気音の t などを た で代用することで、本来は有気音のはずなのに無気音になっているという人もいますから、有気音の気流の音をしっかりと聞かせることも大事です。
そうすることで、有気音と無気音の区別がしっかりと聞こえ、聞き手のストレスを減らすことができます。
おまけ
日本人が清音の中での有気音・無気音の区別を難しく感じるように、中国人は無気音の中での清音・濁音の区別を難しく感じます。
そこには中国語で音の違いを示すマーカーになる区切りがないからです。
実際に中国人は日本語のどんな発音の区別を難しく感じるのか、ということについて、李姉妹のおふたりがだいじろーさんのYouTubeで語っておられます。
中国語ネイティブで日本語と英語に堪能なゆんちゃんと、どちらかといえば日本語ネイティブで中国語にも堪能なしーちゃんが、いろんな例を出してくださってるのでとても興味深く、わたしはなんども発音を真似しながら見ましたよ。
楽しい動画なのでぜひ見に行ってみてください。