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- 「○○の仕事をする」、そのために中国語を使う
- 「中国語を使うことそのもの」を仕事にする
の二つの道があることをお話ししました。
今回はちょっと具体的に、職種を絞ったお話です。
Q.通訳とか翻訳とか、中国語スキルを活かして言葉を扱う仕事がしたいのですが、どこから手をつけたらいいでしょうか?
通訳者や翻訳者は外国語のプロフェッショナルと言われることの多い職種ですね。
業界の全体的な知識を得るためなら、毎年出ているムックをお読みになるとよいでしょう。
まずは『通訳者・翻訳者になる本2023』(イカロス・ムック)。
同じイカロス社から『通訳翻訳ジャーナル』という季刊誌も出ています。
わたしも学生のころ、通訳者になりたいと思っていまして、ある日、ちょうど大学の近くにあった日本通訳協会の事務所に飛び込みました。
突然の訪問で不躾なことでしたが親切に応対してくださり、こうした本を紹介していただきました。
あの夏の日の高田馬場での勇気が、後に翻訳者になるキャリアの一歩目となったわけです。
こうしたムックや雑誌には、通訳エージェント、翻訳エージェントの求人(トライアル)情報が一覧で載っていますし、通訳者養成スクールや翻訳スクールの広告も満載ですので、一冊は持っておかれるとよいでしょう。
そしていろいろな分野の業界事情や、現役通訳者、現役翻訳者のライフスタイルが垣間見られるような記事があるなど、その分野で仕事をするとはどういうことなのかがイメージできるようになります。
Q. わたしでも通訳者、翻訳者になれるでしょうか?
学習相談で「わたしでも通訳者・翻訳者になれるでしょうか」というお尋ねを受けることもあります。
なれるのかどうか、で言えば、なれます。
諦めずに挑戦を続ければ、トライアルの受け方やエージェントとの付き合い方がわかってきますし、スキルも上がっていきます。
周囲の人に「自分はいま通訳者・翻訳者になろうと挑戦をしている」と言っておくと、ひょんなところからお仕事の依頼が舞い込んでくるということもあるものです。
実際、1件目のお仕事がエージェント経由ではなく、知り合いからの紹介だった、という人はかなり多いです。
紹介だろうがなんだろうが、お仕事をきちんと務めさえすれば、それは1件の実績です。
Q. 通訳者・翻訳者は稼げるお仕事なのでしょうか?
1件目のお仕事が来たからといって、そこから順調に定期的な仕事が来るというわけにはいかないことがほとんどでしょう。
生活が成り立つくらい稼いでいる方は、複数のエージェントに登録して、定期的な案件と単発の案件とを上手に組み合わせていらっしゃいますね。
スキルが安定するまで、または安定して受注が取れるようになるまでは、いきなり
「独立しました! 案件ください!」
というよりも、会社務めを続けながら、2つのお仕事の割合をだんだん変えていく、という戦略でうまくいく人が多いようです。
Q. 自分が通訳者・翻訳者に向いているかどうか不安です
通訳者・翻訳者を目指す人は、基本的に言語そのものを面白いと思う人、訳すという行為を面白いと思う人でしょう。
そういうことに興味がない人は、そもそもなりたいなんて思わないみたいです。
みたいです、というのは、わたしが「なりたい」方だったからですね。
二十代後半には翻訳者になりたくてなりたくて、中国語学習者みんなが翻訳者になりたがるものだと思い込んでいましたが、そんなことありませんでした。
いまの中国語講師仲間にも、原書を読むのは大好きなのに翻訳にはまったく興味がない、という人がいるので、「へええ、趣味嗜好って人によってぜんぜん違うのだなあ」と驚いたものでした。
興味のない方がその仕事をしたら苦痛でしょうから、「なりたい」と思っている時点で適性は十分にあるでしょう。
ただ、一つだけ気をつけておきたいことは、「通訳すること・翻訳することが好き」の気持ちは保ちつつ、それが仕事である、ビジネスである、通訳者・翻訳者は個人事業主である、という感覚も養っていかなければならないということです。
作業に従事することが快感だったとしても、それが適正なライフワークバランスの上に成り立っていなければ苦痛になってしまいます。
どれくらいの報酬でどれくらいの時間作業をするのか。
いくらの月収、年収を得るのか。
定期的に案件を受けるためのエージェント登録件数はどれくらいなのか。
スキル向上のための自己投資の金額やそのための時間はどれくらい取れるのか。
体を作ることも仕事の一環になります。
通訳者であれば、しょっちゅう違う場所に出張する生活、立ちっぱなしのことも多い拘束時間。
翻訳者であればデスクワーク中心の生活、といった労働環境になりますから、基礎体力の向上、疲れた体のメンテナンスも必須です。
わたしは体力がないため通訳の道はあきらめました。
そして腰痛が出やすいので、いざ腰痛になってしまうとじっと座っているのが苦行のような辛さなので、納期のある業務では大変です。
「訳す」という作業のことばかりでなく、周辺業務や人付き合い、よりよいパフォーマンスのための努力など、ビジネスとして通訳・翻訳を捉える感覚がある人は安定して仕事を続けていらっしゃる印象があります。
なお、通訳と翻訳のどちらにも向いている人は珍しいようです。
希少言語でどちらもやらなければならない人は別ですが、「わたしは通訳だけ」「わたしは翻訳だけ」という方も多いですね。
それに仕事時間の組み立ての面でも、相性があります。
特定の日時に拘束される通訳業務と、特定の納期までに作業して納品する翻訳業務とでは、組み合わせが難しいことが多いようです。
※ わたしは中国語講師の仕事と翻訳業務とのスケジュールの兼ね合いが難しくなり、翻訳をやめて講師業に専念することにしました。
講師業が楽しいということもありますが、特定の日時にレッスンが入っている講師業をしていると、突然急ぎの業務を依頼されることもある翻訳業が務められなくなってきたのです。
通訳者・翻訳者の本
実際に通訳者・翻訳者として活躍している方が書かれた本がたくさん出版されています。
仕事の雰囲気を知ることもできますし、どんな気質の人がその仕事に向いているのかもなんとなくわかります。
本当にたくさんある本の中から、実際に仕事を模索していた頃のわたしが面白いと思った本をご紹介します。
米原万里さんの『不実な美女か貞淑な醜女か』は、問わず語りに通訳者の発想法が散りばめられていて必読です。
米原万里さんが書かれる本はどれも面白いのですが、入門としてはまずこれから。
長澤信子さんの『台所から北京が見える』は、30代も半ばから中国語を始めて人気通訳者となった長澤さんの鬼気迫る勉強方法が書かれています。
また、家庭との両立、長期的なキャリアプランなど、語学以外の面でもさまざまな姿勢に襟を正す思いにさせられます。
黒田龍之助さんの『ロシア語だけの青春 ミールに通った日々』は、今となっては伝説的な「ミールロシア語研究所」という語学学校で学んだ思い出を中心に語られている本です。
規範的なロシア語を身につけ、ロシア語通訳業界の中で中心的な人材群を育てた授業とはどんなものだったのか、どんな思いをしてその授業についていったのか、学ぶ側からも教える側からも興味深い本です。
黒田先生の本もどれも面白いのですが、まずはこれがおすすめ。
太田直子さんの『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』は、字幕翻訳のお仕事の中で出会った事例やご自身の経験をおりまぜ、業界の慣習や日英両語の特徴を語ってくれる本です。
ちょうど字幕翻訳のトレーニングをしていた頃にこれを読んで、たいへん面白かったもの。
わたしは村上春樹さんの翻訳とエッセイが好きで、翻訳について書かれたエッセイとなったらもう垂涎です。
村上春樹・柴田元幸著『翻訳夜話』、このほかにも翻訳に関するエッセイはいろいろありますが、かなり早い時期に出されたということでこの本を挙げておきます。
作品への愛が伝わってくるお話の数々。
あの翻訳はこういう愛から生まれたのか、そして愛する作品を翻訳できるということは、多くの人には難しいことだけれど、それができるとはこういうことか、というような感慨に包まれます。
ほかにも、鴻巣友季子さん、越前敏弥さん、ほかにもほかにも、それから実践的なテクニックの本など、お勧めしたい本はたくさんありますが、まずは入門編ということでこれくらいに。
人工知能(AI)と人間
情報技術の進化に伴い、「なくなる仕事」として通訳や翻訳が挙げられることもあります。
これはまあ、自動翻訳・自動通訳で代替できるところもあるけれど、究極的にはなくならないだろうとわたしは思っています。
実際に通訳業務をしてみたり、翻訳業務をしてみたりすると、たいへん臨機応変な対応が必要だったり、多くの分岐・多くの選択肢のなかから、多くの変数を勘案して最終案を選ぶ過程が必要だったりと、一筋縄ではいかないことがたくさんあります。
囲碁や将棋やチェスでもAIが強くなってきているそうですが、それでも人間同志の対局の魅力が薄れていません。
今は2022年。この状況が将来どんなふうに変わるかはわかりませんが、わたしは、通訳の勉強をすること、翻訳の勉強をすることは素晴らしいことだと思っています。
仮に仕事のパイが少なくなったとしても、それでも優秀な通訳者・翻訳者は必要です。
そういった環境の変化の可能性も見据えつつ、人生100年時代、大複業時代のキャリアプランも考えつつ、通訳者・翻訳者としてのスキルを磨いていってもいいのではないでしょうか。
好きであれば、向き不向きの大きな関門は突破しているわけですから。