中国語のおかげで発音の仕組みを知る
大学に入ると中国語を習いました。第二外国語とはいえ週4コマも授業があり、しかも始めの5週間くらいかけて発音をみっちり教えてくれました。
中国に行けば中国人のふりができるという名物先生に教えていただき、クラス授業でありながら全員がかなりいい発音に育つという、ありがたい授業でした。
ところが“j, q, x”の“xi”について「これは日本語の『し』と同じです」と先生がおっしゃいました。私はピクンと反応しましたよ。
私は勇気を出して教員室に行き質問しました。「わたし、日本語の『し』が言えないんですが、どう発音したらいいのでしょう?」
……残念ながら、名物先生をもってしても「『し』ですか。んー、言えてるじゃないですか」とのお返事。
ガーン。。。
この先生なら答えを下さるかと思ったのに。。。
でも名物先生は続いて「“ji, qi, xi”って言ってごらん」とおっしゃいました。私は習いたての“ji, qi, xi”を発音してみます。
先生は「ええ、それでいいですよ。できてます」
私「えっと、でも日本語の『し』が言え…」
先生「同じですよ。同じ」
この名物先生は、授業中にチョークが飛んでくるとか、口の中に指を突っ込んで発音を教えられるとか、いろいろと都市伝説のある先生で、声も大きいし、おっかないんです。
私は高校出たてのピヨピヨだし、教員室にいくだけで勇気を振り絞っているのに、これ以上食い下がることなんてできません。
私「…あ、…はい。…分かり…ましたアリガトゴザイマシタ…」
すごすごと引き下がってきました。
18歳、初めての自主矯正
狐につままれたような気持ちのまま、しばしドキドキを静めます。よくよく考えてみると、
「し」ができれば“xi”ができる
ってことは
“xi”ができれば「し」ができる
ってことなのかな?と思い至りました。
“ji, qi, xi”の発音はいいですよ、と先生がおっしゃったので、では日本語の「じ」「ち」「し」もこれと同じ?と信じて、練習を始めてみました。自己流発音矯正の始まりです。
中国語は「一音一音、大きな声で丁寧に発音しなさい」という指導の最中でしたから、“ji, qi, xi”の発音にも困りませんでした。ゆっくりなので、口の構えと舌の位置を意識しながら発音するゆとりがあるのです。
すべての音節の発音方法をきちんと学べる中国語は、とても新鮮で楽しいものでした。(英語でもこんな風に音声の作り方から教えてもらったら、きっと楽しいだろうな、と思ったものです。)
ところが日本語では、18年間も独自のイ段を育んできて、固定してしまっています。
18歳にして習った「左右の真ん中で閉鎖して開放する」という初めての運動をするには、筋肉ができていません。
従来どおりの筋肉を使おうとする神経回路に対して、新しいプログラムを書き込み、常に指示を出し続ける必要もあります。
思いのままにハイスピードで話せる母語の体系の中で、イ段だけを新たな発音に置き換えるというのは結構な苦労でした。
そもそも、“ji, qi, xi”と「じ」「ち」「し」は、子音こそ同じかもしれませんが母音の響きがかなり違うのです。“j, q, x”の子音だけ借用し、日本語のイ段音に置き換えるということは、簡単なことではありませんでした。
この時がんばっていたのは
(1)子音の調音部位を変える
(2)母音の口の構えを変える
ということ。
「じ」「ち」「し」は筋肉が育っていないので「ずぃ」「つぃ」「すぃ」からのスタートです。
やがて「左右の真ん中で閉鎖して開放する」ことの応用ができるようになり、矯正対象を「き」「り」にも広げていきました。「に」や「み」、「い」や「ひ」のときも横のほうで発音していたことに気づいていきます。
そんなふうにして規則性や修正方法を発見し、なんとなくいつも発音のことを考えながら数年、あれほど悩んでいた発音のクセを、標準的な発音に近づけることができたのです。パラダイムの大転換でした。
中国語に出会ったおかげだとほんとに思っています。
(つづく)
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「おじぎ」も「樹木希林」も言えるようになったー!でもまだ奥があった。
「さ、し、す、せ、そ」のうち、「し」だけは発音の場所が違うって、知ってました?
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次回は、37歳、二度目の自主矯正のヒストリーです。
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構音障害の内気女子が中国語キャスターになるまで(1)
構音障害の内気女子が中国語キャスターになるまで(2)
構音障害の内気女子が中国語キャスターになるまで(3)
構音障害の内気女子が中国語キャスターになるまで(4)
構音障害の内気女子が中国語キャスターになるまで(5)