わたしが会社員だったころ、取引先の中国人に同年代の若者たちがいて、いろんな話をするのが実に楽しかったものです。
あるときお酒を飲んでいて、わたしはお冷やをもらって交互に飲んでいました。
チェイサーのように水を飲んでいたわけです。
(あまりお酒に強くないのです)
そうしたら、チョウさんが「稀释 xīshì 」するんだね、と言ったので、日本語の「稀釈(きしゃく)」とおんなじだ! と感心しちゃいました。
液体を混ぜるのではないので、チョウさんも冗談で言っているのですが、胃の中で混ざったら稀釈されるので、あながち間違ってもいません。
そこで、それは日本語で「きしゃく」と読む、意味は同じ、と喜々として教えてあげるのですが、ん、まてよ、とひっかかる。
お酒を「稀釈する」、とは言わないなあ。それでは、楽しいお酒がまるで化学実験のよう。
それであらためて「うすめる」「わる」の言い方を教える。
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日本語と中国語で見た目の字が同じ単語で、実際に使われるときの語感まで同じ、という単語はあまりありません。
たいていは、どちらかの表現がカタすぎるかヤワラカすぎるかします。
例:
中国語 稀释 xīshì ←ふつう
日本語 稀釈(きしゃく) ←かたい
中国語 (景気が)萧条 xiāotiáo ←ふつう
日本語 蕭条(しょうじょう)たる… ←超かたい
中国語 事故 shìgù ←かたい
日本語 事故(じこ) ←ふつう
中国語 要求 yāoqiú ←かなりかたい/ときにはかなりやわらかい
日本語 要求(ようきゅう) ←ちょっとかたい
中国語 根本 gēnben(副詞) ←ふつう、か、やわらかい
日本語 根本(こんぽん)的 ←かたい
中国語 科学 kēxué ←やわらかい(例:「这个习惯好科学!」とか)
日本語 科学的(かがくてき) ←かたい(例:「科学的な捜査」とか)
中国語 新鲜 xīnxian ←やわらかい(例:「我觉得很新鲜!」とか)
日本語 新鮮(しんせん) ←かたい(例:「新鮮さに欠ける」とか)
まだまだあるなあ。
最後の2つなんかは、中国語の日常会話でしょっちゅう使われます。
つまり、使われる場面やふさわしい文脈が違っているんですね。これは、辞書で単語の訳だけ引いたんではわからない。
要するにこういう歴史があるんでしょう。
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- かなり古い段階で中国大陸からわたってきた漢語が、先進的な外来語としてかたい使われ方をしたパターン。
- そしてそれがだんだん一般化して日本語の中に根付き、日常的な言葉として使われるようになったパターン。
もとの中国大陸では、
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- 日本に伝わった後に言葉の自然な移り変わりで使われなくなるパターン。
- 話し言葉を文字にできるようになったので、古くさい言い方に代わって一般的な話し言葉のほうが使われるようになったパターン。
話し言葉(口語)学習の段階では、日本語の単語をそのまま中国語読みしたのではカタすぎるか、古すぎるかどちらかが多いようです。
ちゃんと文脈をおさえて勉強したいもの。
その時期を過ぎて、新聞やちょっと格調ある文学作品、論説文などを学習するようになると(書面語)、こんどは日中両語共通の単語がぐんと増えてきます。
欧米の学生に比べて、東アジア漢字圏の学習者がぐんと有利になる段階です。
見た目の字は同じでも日本語と中国語でカタさの度合いが違う言葉。
もっとたくさんある思います。いまはちょっとこれ以上思い出せませんが。
これからは出会ったときに書き留めておこうと思います。